上棟式 ぼくのすみかたちvol.06

2025.12.19 金曜日 10:22

紅葉もとっくに終わり、年の瀬のこの時期になったが、真夏に行われた上棟式が無事に終えられたことを報告したい。

平日の昼間の酷暑日にも関わらずご近所の方々や小学生、デイサービスの皆さんなど多くの方々にお越しいただいた。

午前中は、祭壇や幣束を棟梁に作っていだたき、我々夫婦と両親が参列しお清を行った。祭壇の周りにはいくつも駄菓子の箱を置いてお供えとした。両親や兄からも駄菓子の差し入れがあり、かなり充実した品ぞろえとなった。

住宅での福分けの餅まきは幼少時代に経験した程度でその意味や作法などはまったく分からない状況からのスタートで、自分なりにアレンジしながら準備した。地元のお菓子屋さんに特別に作ってもらったクッキーを紅白餅の替わりとしたり、今回のためだけに作っていただいたご近所のコロッケ屋さんやパン屋さんの商品券をお菓子に混ぜたり、雰囲気づくりのために、パーティー用のおもちゃでなく綿の法被を妻がメルカリで探したりといろいろと楽しみながらの準備期間だった。

餅まき自体は30分ぐらいであっという間であったが、一生忘れられない時間となったと想う。多くの方々にご協力のお陰であり、最大限の感謝を申し上げたい。本来は施主が主体となって、職人さんたちの安全を祈願する祭であるはずが、樽川技建の皆さんには会場設営から五色旗の意味の解説までお手間をお掛けし、私たちがやりたいことを叶えてくださった。

この家が完成した際にはこの感謝を忘れず大切に使いたいと想うのである。

上棟 ぼくのすみかたちvol.04

2025.08.06 水曜日 10:38

前回の投稿した地鎮祭から瞬く間に建方を迎えた。

職業柄、建方も地鎮祭同様、何度も立ち会った工程。今まではあくまでエンジニア的目線での立ち合いだが、施主として観るその光景は全く違って見えて自身驚いた。頭のなかでイメージしていた空間がかたちになった喜びだけでなく、数字でしか見えなかった契約金額がリアルになったような、あらためてこの地に骨をうずめる覚悟ができたような、あいまいだったピースがぐっと明確になったような気がした。

この日は、全国的に最高気温を更新する酷暑のなか、朝から日が落ちるぎりぎりまで職人さんたちが棟に上がっていた。私も結局一日中現場でウロウロ。樽川技建の皆さん、職人さんの皆さんには感謝以外の言葉がない。

さて、上棟といえば福分けの餅まき。その風習が行われなくなって久しいですが自分たちはやってみたい!ということでお盆明けの8月21日(木)に開催することに。画僧はそのフライヤー。イラストは私の書下ろし。

餅まきといっても、撒くのは駄菓子をメインにして、お餅はというと頭に当たったら痛そうだし、熟慮の結果、紅白クッキーにしてみた。近くの焼菓子屋さんのineさんにお願いして、本企画オリジナルのクッキーを創っていただいた。白はプレーンクッキーで、紅は薄ピンクのラズベリー味。写真はその試作品。小さなお子さんやお年寄りまで安心して楽しめるよう、ザラメやナッツなどは入れず優しい仕上がりに。既にいただいたが、サクサクで風味が口のなかでふわっと広がる美味しい味。

そして、従来の風習の紙で包んだ投げ銭はどうするか。やはり、お餅同様少々の危険が想像できるので、ご近所のお店にお願いして特別に作っていただい商品券を駄菓子に封入することに。クリームやジャムなどかなりの種類のトッピングが可能なコッペパン屋さんや、子供たちに人気のコロッケ屋さんにご協力いただいた。

平日ではあるが、お近くの方はぜひお立ち寄りを。

地鎮祭 ぼくのすみかたちvol.03

2025.06.27 金曜日 11:31

先月末、無事に地鎮祭が執り行えた。

あいにくの雨模様ではあったが、テントをご用意いただくなど工務店さんのご尽力により滞りなく行えた。両親もいわきから駆けつけてくれた。神主さんは近所の八幡神社に依頼。八幡神社は幼少期に祖父母宅で過ごしたお正月に何度も訪れた思い出が。神主さんと面識があるわけではないが近所の神社にこだわりたかった。供物は両親担当。浜通りの海の幸が祭壇のメインに。

さて、地鎮祭での最大のアクティビティと言えば、刈初や鍬入れの儀と言えるだろう。今回の私の立場は施主であり設計者でもある。刈初と鍬入れの連続打席か、刈初が私で、施主のひとりでもある妻が鍬入れか。また、せっかくなので両親にも体験してもらうには・・・。そうは言ってもひとりひとりで鍬入れしたら、施工者担当の鋤入れの儀の前に砂山がなくなってしまいそうだし・・・。

恐らく宗教上のルールは厳密に決まっていると思われるが、熟慮の結果、ケーキ入刀形式で神具を二人で持って臨むことに。刈初の儀を私と妻で、鍬入れの儀を両親が担当することにした。

職業上、家族の中では地鎮祭の経験が多いことから、「エイッ!エイッ!エイッ!と羞恥心を捨てて大きな声で!」とレクチャーしたにも関わらず、いざ始まったら緊張からか己が全く声が出ず。玉串奉奠は当然トップバッター。2番打者以降からの作法確認の視線を強く感じてか、何度も経験してるはずなのに榊の回転方向が分からなくなった。

そんなこんなの思い出に残る地鎮祭になった。施主として臨んだ祭は、設計者として参加させていただいていたそれとは全く違う感情になった自分に驚いた。感無量とはこのことか。今後も仕事で参加する祭も施主の想いにもっと寄り添えそうな気がするのである。

悪天候の中、社長をはじめ樽川技建の皆さんや、供物の手配や赤飯お弁当を作ってくれた両親の多大な協力をいただいたことを改めてお礼申し上げたい。

たんぽぽ ぼくのすみかたちvol.02

2025.05.10 土曜日 10:15

少し自邸計画地周辺を説明する。

計画地は福島県郡山市。新幹線で都内から1時間少々。最寄り駅は郡山駅北隣の日和田駅で、そこから徒歩10分程度の住宅街だが、近くには田んぼが広がる。

もともと父の実家の土地で数年前に祖母が亡くなり、私が借りることになった。祖母の家は震災で大きなダメージを受けすでに取り壊され更地になっている。

周辺は再開発区域から外れ、昔ながらの雰囲気が残る。GoogleMapを見るとこの周辺だけの特徴がみられ、街道沿いに赤土の瓦屋根の細長い「ウナギの寝床」のような形状の民家が多く残る。地域の特産だった赤瓦はすでに作られていないようで、我が家で採用できなかったのがは残念だ。生活が落ち着いたら瓦や街道の歴史を探りたいと思う。

さて、敷地のご近所に目を向けると、北側道路の向いにはデイサービスがあり、数十メートル先には小学校と、いろいろなつながりが生まれそうな立地だ。近くに並行して走る県道があることで接道している市道の車通りは比較的少ない。

地域とのつながりを持つために、だれでもふらっと立ち寄ってもらえるよう道路に対し敷地を開放したいと考えている。道路に面した空間は駐車場の土間コンは最小限にし、植栽帯をできるだけ広くする予定だ。このように夢はどんどん広がるのだが、植栽管理一つとっても、30年以上賃貸の集合住宅暮らしでほぼ園芸とは無縁の生活を送ってきた自分がどこまできるのか全く分からない。先日、久々に敷地に立ち寄ったが一面のタンポポが迎えてくれ、そんな私の不安が少し和らいだ。

ペンダントを楽しむ ぼくのすみかたちvol.01

2025.04.17 木曜日 12:05

先日、京都のビンテージ照明器具屋さんからペンダント照明が届いた。昨年の京都旅行で立ち寄った際に取置きしてもらっていた。お店で一目惚れ状態で購入。金額が比較的手頃で、あまり主張がなく飽きがこないデザイン。ビンテージならではの手作り感がある磁器製のセードは電球の光をぼんやりと透過して美しい。

ARUSE/京都のビンテージ、アンティーク照明器具ショップ

実施図面を描いている期間、夫婦で話し合い、積極的にペンダントを使っていこうということに。普段住宅を設計する際、ダイニングテーブルの照明以外は空間を邪魔しないシンプルで主張がないデザインの器具を選んできたが、今回は自邸ということで少しチャレンジしてみようということでペンダントを各所の設定することにした。

ペンダントは長さの調整やセードの交換、器具自体も取り換えることが可能。ある作家さんは床の間の掛け軸のように季節で器具を替えているとおっしゃっていた。私もペンダントで楽しみたい!

オーデリックショールーム

ペンダントの前に、設計者としては恥ずかしいがまずは基本から学ぶべく、メーカーのショールームへ。配光の角度、輝度、色温度、演色性、眩しくない器具高さなどなど、かなり長い時間ウロウロしながら体験。明るさを抑えて少し暗い空間にするイメージだが、キッチンの手元灯など想像以上に照度が必要だったり、いろいろと勉強になった。

808GLASS/栃木県の器具作家さん

そしてようやくペンダント。セレクトショップを廻ったり、作家さんの展示会にもお邪魔した。ショップのオーナーや作家さんの想いを聞くと同じひかりでも違って見える気がする。

TOWARDS/セレクトショップ

動き始めてから久しいがようやく冒頭のペンダントを購入。まだまだ、決まっていない箇所ばかりだが、もう少し廻ってみようと思う。

写真撮影の時間

2025.04.08 火曜日 10:07

建物ができあがった際の竣工写真の撮影はカメラマンに依頼せずできるかぎり自分でがんばることにしている。プロには勝てるわけはないが、もともと写真には興味がありチャレンジしている。

写真が好きなこと以外に自分で撮影する理由がふたつほど。

カメラのファインダーを通してみるだけで少し客観的になれて、あまり意識していなかった空間が意図せず絵になったりその逆もある。その空間をよりよく見せるため、カメラをセットする高さや引く位置を決めるが、空間が美しく見える目線の高さなど意外な気づきがあったりする。

もうひとつ大きな理由は、建築と一対一で向き合える唯一の時間だから。

工事中の「現場」は大工さんをはじめ職人さんが主役、竣工すれば当然施主が主役。そのはざまの一日、誰も立ち入らないよう監督さんに無理を聞いてもらい撮影する。自分が主役とは思わないが、己が書いた図面がどのような結果になったのかを静かに考えられる時間で、撮影しながら反省点などをメモなどしている。

だれもいない静かな空間をいったん見ることで、引き渡し後の住まい手さんよって変化していく建築の見え方が違ってくるように想うのだ。

物語のテーマを考える

2025.03.28 金曜日 10:27

自邸の計画開始から4年以上経過し、お会いする方々に「まだ東京にいるんですね」なんてお声かけいただく。

仕事などいろいろな理由を付けたが要は自分の家となると筆が全く進まなかっただけだった。自分の家ならばと自己責任で様々な実験や冒険を試みたい気持ちと、妙に保守的になってしまう矛盾との戦いの日々がつづいたが、昨今の世界情勢で物価高騰や利上げなど耳が痛い情報が私の尻を叩ことになり、昨年夏以降、本格的に設計を進めた次第。

図面もなんとか一式揃え、少し肩の荷が下りた今、せっかくの自邸の設計ということで、計画への想いや竣工するまでの過程を今後お話ししたいと思う。

まずはこのプロジェクトの記事にタイトルをつけるところから。自邸を考える、建築士の自邸とは、そして施主になる、部屋と間取りと私・・・などなどAIに聞いてもピンと来るものが思いつかず、妻にも相談した結果、

題して、「ぼくのすみかたち」

住処の形(住宅の設計)

住処達(さまざまな居場所)

住み方(移住生活)

これらの意味を込めた。

今後、計画の進捗を時々ご報告したいと思う。

手作りの公園管理事務所

2025.03.18 火曜日 12:56

先日、東村山市公園管理事務所の改修工事が完了した。

既存の管理事務所の建物を改修し、市内90ヶ所以上の市立公園の維持管理の拠点として使用する。リニューアルにするにあたり、更衣室や会議室の設置など管理事務機能の強化だけでなく、だれでもトイレやベビーケアールームの設置とコミュニティースペースを新設した。

築30年以上経過した鎧張(木の板張)が特徴の大屋根の平屋の改修。限られた予算ではあったが、色々な工夫と試みが実現できたと思う。

外壁工事の合理化のため、開口部の新設をほとんど行わずプランニングした。その中で管理動線と来園者動線を整理。新設したスタッフ用出入口と来場者玄関を吹抜け空間で繋いだ。

西向きの屋根に設けられていた大きなトップライトは使いづらいため塞がれていたが、ハイサイドライトとして緩やかな光に変換し再利用。

来園者用のエントランスは木製框戸に取り替えた。引手も建具屋さんによる手作り。温もりのある引戸が来園者を迎える。

日和田の家計画

2024.06.19 水曜日 11:10

日和田の家「en」の計画が始まった。自邸ということでいろいろ考えすぎてしまうのか計画の進捗は亀のようである。

南北に細長く、最大1m程度の高低差がある敷地だ。

「en」というのは円、縁、園をあらわし、円のように回遊性のある平面計画、ご近所との縁や3世代にわたるご縁、畑や植栽の豊かな園などの意味だ。

まだまだ、頭の中でいろいろな思考がぐるぐると回っている意味でもエンかもしれない。

止まり木のような福祉施設

2024.05.15 水曜日 9:55

報告が前後するが、3月に竣工した福祉施設を紹介したい。

昭島駅から徒歩で約15分、畑が多く残る静かな住宅地が立地になる。現在工事中の幅員16m道路に面し、道路が完成するば多くの人が行きかうことになり、地域との強いつながりを想定できる敷地特性だ。

障害を持った方の就労支援施設であるこの建物は、木造の2階建てで東西に長い平面形状だ。外壁はガルバリュームの板金葺きで小波と平葺を使い分け単調にならないよう工夫した。

内部は、木のよさを表現しつつ、所謂「施設らしさ」をあまり感じられないよう、仕上やディティールに気を遣った。また、建具や一部壁に積極的に色を使い、空間に性格を持たせた。

設計するにあたり、施設利用者がふと一人になりたいときや、気持ちを休めたいときなど、ゆとりを持てるような空間づくりを意識した。また、社会生活を送る中での止まり木のような居場所になれることも必要と考えた。

設計期間から竣工まで、理事長をはじめ施設長やスタッフの方々とも多くの話をした。上棟式や見学会では利用者の皆さんとも接する機会をいただいた。この時間は私にとって掛け替えのない経験である。また、関係者の皆さんに感謝を申し上げたい。